南米には、まだ「ヒッピー」が生存しています。

“ヒッピー”が、目指したものは何だったのか?改めて、考えてみることにしました。

1960年代後半、サンフランシスコで発生した、「ヒッピー」という人々。

 

あの、ムーブメントは何だったのだろうか?

ヒッピーって、どういう人たちだったのだろうか?

何を目指したのか?

どうして、ムーブメントは縮小してしまったのか?

 

自分の中から湧きあがってくる、たくさんの「なぜ?」に、向き合ってみようと決めました。

 

現在、ヒッピーコミュニティに入り込み、一緒に生活するという、社会学の参与観察という手法を用いて、ヒッピーの生態を研究中です。

ヒッピーについて


戦争をはじめ、世界の人々を苦しめる負の連鎖に対して、自分自身がライフススタイルを変え、戦争ではなく平和に、暴力ではなく愛に焦点を合わせて、「非暴力」「アート」という手段で、抵抗をはじ めた人たち。

そう、かつてアメリカの若者たちが、非暴力の世界的ムーブメントを起こした時代を経て、軍事政権による抑圧を経験し、社会にはびこる暴力にいまも直面している中南米では、現在進行形で、地道なレジスタンスが続いているのだ。

私について


子どものころから、生き物とアートが好きで環境問題に大きな関心を持つ。

大学・大学院でその関心を学際的に深め、その関心を実践の場で確認するため、青年海外協力隊に参加。その後、メキシコで旅行会社に勤務しつつ、「中南米文明史」を現地からの視点で研究開始。2013年12月、リオデジャネイロのファヴェーラに移り住み、参与観察による観察活動中。

 


リオデヒッピーの挑戦していること

ヒッピーの標本。


ヒッピーの定義って何だろう?どんな人たちのことを指し、何を考えているのだろう?60年代に始まったヒッピームーブメントは、世界中に「ヒッピー」を誕生させた。なんと、中南米の路上では、現在もそんなヒッピーが生き残っていた!!中南米で活動を続けるヒッピーたちを密着取材しています。

アートジュエリー製作


実直に、アクセサリーを作り売って生活するという姿勢を28年も続けている旦那ヒッピーと共に歩きだしたことで、子どものころからの芸術への思いを、実現する機会を得ました。挑戦は始まったばかりですが、二人の想いと、創造への挑戦を覗いてみませんか。

ヒッピー 家

家と庭を造る


ヒッピーは、「自分でできることは自分でする」、「買わない」という選択によって、大量生産大量消費の経済システムに抵抗の意を表します。

現代社会において、人生最大の買い物とされる「家」を、自分たちで作れないだろうか?それに挑戦できる場所が、私たちにとってリオだったのかもしれません。