リオデヒッピー!?

 2012年7月上旬のこと。
ボリビアでの2年間の青年海外協力隊の任務を終え、ふるさとの福岡に帰った私は、
たった10日の帰郷後、2ヶ月間のブラジル縦断の旅に飛び出した。

今後の方向性を決めかねていた私は、考える時間と場所を、ブラジルに求めた。


寒風吹きすさぶアルゼンチンのブエノスアイレスの空港から、ウルグアイのモンテビデオに向かう定期船の出る港に直行する。

日本で、ブラジル入国ビザを取る時間の余裕がなかったため、すでに要領を知っているモンテビデオのブラジル領事館でとることに決めていた。

 

2007年10月から2008年3月まで、私は、モンテビデオ市に事務所を置くUNESCOでインターンをしていて、

その活動の締めに、ブラジルのイグアスの滝のすぐそばにあるイタイプーダムでの国際会議のアシスタントおよび発表者として参加した。

その際に、陸路での移動を希望した先生の意向のもと、移動の手配やビザの取得を経験していたため、要領は心得ていた。

 

モンテビデオ滞在2日目でブラジル観光ビザを手にして、長距離バスチケットを購入する。

モンテビデオからブラジル南部の州都、ポルトアレグレまで、所要22時間。

一日休養を兼ねて街中を歩き回り、長距離バスでさらに北上する。

 

行き先は、リオデジャネイロ


リオデジャネイロ滞在2日目。

イパネマ海岸を散歩していたとき、一人のヒッピーに「へロ~」とのんきな声をかけられる。

スペイン語なまりの英語。

彼の商品は、マクラメのアクセサリー。
私は、親近感のある彼の人柄と作品の美しさに、ちょっとだけ警戒レベルを下げていろいろ話を聞くことにした。

私の、その旅の第二の目的は、ヒッピーついて知るだったから。

 

それまでに訪れた南米の各地で、ヒッピーとして活動している人たちと軽く接するたびに、彼らへの関心が大きく育っていった。
路上で自作のアクセサリーを販売することを生業としている人たちとの出会いは、私にとって大きなインパクトだった。

 
自分用に、ローズクウォーツのマクラメの指輪を選んだあと、
彼が商品を並べている横に腰を掛け、インタビューを開始する。
京大大学院地球環境学舎で学んだフィールドワークは、ここでも活かされる。

 

ヒッピームーブメントは、60年代末のアメリカ合衆国から萌芽し始めた。

ベトナム戦争へ疑問を抱き、戦争を起こすことで繁栄する社会構造に反対し、その是正を問いかけた社会現象だった。

その後、「ヒッピーが起こしたとされる事件」や「ドラッグ使用」等により、次第に社会の視線が厳しくなり、ムーブメントは衰退していく。

しかし、その影響は、実は、私たち「普通の日本人」が認識する以上に広く、世界を駆け巡り深く根付いており、

カタチを変えて現在にも続いていたのである。


このブラジル縦断一人旅の間、各地でたくさんのヒッピーを見たけれど、

リオで出会ったこのコロンビア人ヒッピーのパーニョが、私にとって一番美しかった。

 

ヒッピーにとって、パーニョは生きざまなのだと言う。

 

ヒッピー的人生哲学を教えてくれたこのコロンビア人ヒッピーとは、その後、旅を終えた後も連絡を取り続ける。

ブラジルを2カ月間旅する間、じっくりと考え、今後、観光業界に進んでいこうと決めた私は、

メキシコのカンクンにある、日系旅行会社の現地オペレーション会社に契約社員として就職した。

 

彼は、カンクンにも来てくれて、正式に交際を始めるのだけど、躊躇していた私に覚悟を決めさせたのは、

なんと、腕に描かれた私の顔のタトゥー。

 

自分の顔を、タトゥーに入れた男を野に放しておくわけにはいかない・・・・でしょう?

 

それに、強引なアプローチだけれど、タトゥーを入れる彫師の反対も聞かず、

惚れた女性の顔を自分の身体に入れ墨するっていうぶっとんだ覚悟をした男性に出会ったのは初めてだった。

 

その対象が自分だったときのインパクトを、想像できますか?

 


それから年月を経たいま、このコロンビア人ヒッピーは私の夫である。

 


2013年12月にリオデジャネイロに渡り、数か月もの時間を手続きに要し、晴れて、

ブラジル国の法のもとに、正式に夫婦であると認められたのが、2014年8月6日。

 

広島原爆投下の日。

世界の平和を祈る日。

 

 

リオに移り住んでから、彼と共に、かねてからの念願だった創作活動を始めた。


ここ、リオデジャネイロを拠点に、今までアカデミックや国際協力の世界で探究してきたことをベースに、

地理的にも心理的にも距離のある日本人の方々に、リオのこと、中南米の人々のことをじっくり伝えていきたい。

 

言葉では伝え切れない想いを、自分の作る作品にして、必要としている人へ届けたい。

 


本サイトの目的は、

  • 日本にいる方の生活にも役に立つであろう社会的・文化的情報を発信すること。
  • リオデジャネイロに来られる方に、実際に一緒に街を歩きながら、この街をより深く知るきっかけとなること。
  • 創作した作品の販売を通じて、伝えたい世界観と作家の思いを日本の皆さんのところへ届けること。

 

戦争や暴力のない世界を実現したい。

いまを、ワクワク生きていけるお手伝いをしたい。

そういう思いを込めて活動しています。

筆者略歴

福岡県福岡市博多区生まれ

 

博多精華女子高校卒業

九大経済学部経済経営学科卒業

京大大学院地球環境学舎修士課程修了

 

UNESCO IHP‐LACモンテビデオ事務所インターン

青年海外協力隊22年度1次隊ボリビア村落開発普及員

日系旅行会社カンクン事務所契約社員

TOKYO2020 JAPAN HOUSE ローカルコーディネーター

 

 

 


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